京都地方裁判所 平成5年(行ウ)15号 判決 1994年6月13日
原告 長尾憲彰 外一八名
被告 京都市長
主文
一 原告らの本件訴えを却下する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告が、西日本旅客鉄道株式会社(以下、JR西日本という)に対して、平成四年一一月一一日にした歴史的風土特別保存地区内における行為の許可処分を取り消す。
第二事案の概要
一 請求の類型(訴訟物)
本件は、原告らが、被告のした本件許可処分には、裁量を逸脱した違法があるとして、その取消を求める地方自治法二四二条の二、第一項二号に基づく住民訴訟である。
二 前提事実及び争いのない事実
1 原告らについて
原告らは、京都市の住民である(弁論の全趣旨)。
2 本件許可処分の存在(争いがない事実)
平成四年一〇月二一日、JR西日本は被告に対し、歴史的風土特別保存地区内である京都市右京区嵯峨亀山町五番地所在の小倉山(以下、小倉山という)において左記の行為をなすため同行為の許可申請をした。これに対し、同年一一月一一日、被告は、古都における歴史的風土の保存に関する特別措置法(以下、古都保存法という)八条一項の規定に基づき、許可処分(以下、本件許可処分という)をした。
記
工作物の設置
コンクリート堰堤 前同意で仮設済を永久物へ縮小転用する。
沈砂池 前同意で仮設済を永久物に転用する。
土地の形質変更
原地形類似状態への復元工事 行為面積 四七、三〇〇平方メートル
草本及び樹木の植栽
3 本件許可処分に至る経緯(争いがない事実)
(一) 日本国有鉄道(以下、国鉄という)の大阪工事局は、山陰本線複線電化工事計画に伴い、古都保存法の歴史的風土特別保存地区内に存する前示小倉山を貫通する全長一、四四五メートルの小倉山トンネルを掘削する工事を(以下、本件工事という)計画し、そのなかで、右小倉山山頂付近に深さ二四〇メートル、内径八メートルの立坑を掘削し、この立坑から約二九万立方メートルのズリ土を搬出して、これを小倉山山頂付近に仮置きすることとした。
(二) 昭和五七年七月二六日、国鉄は、右計画により、被告に対して、古都保存法八条九項に基づき、歴史的風土特別保存地区内における行為の協議を求めたところ、同月二八日、被告は、「仮置き土砂は工事完了後速やかに搬出すること」、「土砂搬出後、速やかにその区域を原状復旧計画図にもとづき現状に復すること」、「行為の終了後、速やかに坑道を原状に復し、坑外施設を完全に撤去すること」などを条件(以下、本件同意条件という)に、小倉山山頂付近の四三、一〇八平方メートルについて、土地の形質変更、九、四六九本の木竹の伐採、坑外施設等の建築物、進入路、堰堤、沈砂池等工作物の仮設を協議により同意した。
(三) 同年一二月、本件工事のうち、小倉山立坑に至る進入路工事と仮設工作物の設置工事が開始された。
(四) 昭和五八年三月三一日、国鉄は被告に対し、土砂置場としてさらに、四、一九二平方メートルの土地形質の変更と九三五本の木竹伐採について協議を求めたところ、同年五月二六日、被告はこれに同意した。
(五) 昭和五八年六月、本件工事は、小倉山立坑工事が着工され、昭和六〇年一二月には小倉山トンネル内の掘削工事が着手された。
(六) 昭和六二年四月一日、国鉄の旅客鉄道事業のうち、北陸、近畿、中国各地方における同事業は、JR西日本が承継し、本件工事も同社が引き継いだ。
そして、国鉄の、古都保存法八条九項による被告との協議に基づく本件工事は、被告がした許可に基づく行為と看做すこととなった。
(七) そして、昭和六三年三月、小倉山トンネルは貫通し、同年八月にトンネル内の軌道工事が着手され、平成元年三月、小倉山トンネルの使用は開始された。
本件工事の結果、小倉山山頂は、その一部が切り取られて平坦な土地に変更されるとともに、約二〇万立方メートルの土砂が仮置きされることになった。
(八) 平成四年一〇月二一日、JR西日本は被告に対し、前記2記載の許可を申請し、同年一一月一一日、被告はJR西日本に対し、本件許可処分をした。
4 行政財産の使用許可処分の存在(争いがない事実)
小倉山は京都市の行政財産であり、これを使用するものは、京都市公有財産規則二〇条に基づく行政財産使用許可申請をしなければならない。そのため、昭和五七年七月二六日、古都保存法八条九項の協議を求めると同時に、国鉄は、小倉山の形質変更、木竹の伐採等につき、右行政財産の使用許可を申請し、右協議に対する被告の同意と同時に行政財産の使用は許可された。
その後、古都保存法八条九項に基づく協議の同意、または同法八条一項に基づく許可と京都市公有財産規則二〇条に基づく行政財産使用許可(以下、本件使用許可処分という)は、毎年四月一日に同時に更新され、平成四年一一月一一日に至った。
5 監査請求(争いがない事実)
平成五年七月九日、原告らは、本件許可処分について京都市監査委員に対し監査請求をしたが、同年八月一六日、同監査委員は、本件許可処分は財産管理のための行為ではないとして、同請求を却下した。
三 争点
1 本件許可処分の財産管理行為該当性。
2 監査請求経由の有無。
3 本件許可処分の違法性(裁量逸脱の有無)。
四 争点についての主張
1 財産管理行為該当性について
(一) 原告らの主張
(1) 住民訴訟の対象となる財務会計上の財産管理行為とは財産的価値の維持、保全を図る財務的処理を直接の目的とする行為に限られるべきではない。
そして、古都保存法の目的は、わが国固有の文化的資産として国民が等しくその恵沢を享受し、後代の国民に継承されるべき古都における歴史的風土を保存するために国等において講ずべき特別の措置を定め、もって国土愛の高揚に資するとともに、ひろく文化の向上発展に寄与することにある。そこで、同法八条の許可処分も、目的物の文化的側面に着目して、歴史的文化的価値を維持、保全することを目的とする。ここでいう歴史的文化的価値とは、経済的、財産的価値をも含めた歴史的文化的価値をいう。
そうであるから、同法八条の許可処分も目的物の経済的財産的側面に係わる処分であって財産管理性を有する。
(2) 仮に本件許可処分そのものが財産管理行為でないとしても、被告は、本件許可処分と同時に、本件使用許可処分を行っている。この本件使用許可処分は、財務会計上の財産管理行為にあたる。また、JR西日本が京都市の行政財産である小倉山を利用するためには、本件許可処分とともに本件使用許可処分が絶対必要であり、この両処分は、目的と手段の関係にあって、一方を欠いて他方のみでは全く意味のない不可分一体関係、有機的一体関係にある。そうだとすれば、右両処分は、一個の行為を構成し、本件使用許可処分が財産管理行為にあたる以上、本件許可処分も財務管理行為該当性を有する。
(3) 被告は、古都保存法八条一項の許可と、本件使用許可処分とは、事務の種別、根拠法令及び達成目的において異なるため、別個独立の処分であると主張する。
確かに、形式的には、事務の種別、根拠法令は右両処分で異なる。しかし、機関委任事務と自治事務の区別は困難であるし、実際の運用や事務処理の状況は、機関委任事務と自治事務で特に区別して扱われていない。
また、達成目的も、右両処分の達成目的が異なることは否定できない。しかし、目的が異なっても、右両処分は、一方の許可が欠けても小倉山は使用できない関係にあるのだから、右両処分は不可分一体に考えなければならず、本件使用許可処分が財産管理行為である以上、本件許可処分も財務管理行為該当性を有する。
(二) 被告の主張
(1) 本件訴訟は、地方自治法二四二条の二に基づく住民訴訟であるが、当該訴訟の審判対象は、財務会計上の財産管理行為又は事実に限られる。
ところが、古都保存法は、古都における歴史的風土を適切に保存することを目的とする(同法一条、三条)。そして、右歴史的風土とは、わが国の歴史上意義を有する建造物、遺跡等が周囲の自然的環境と一体をなして古都における伝統と文化を具現し及び形成している土地の状況をいう(同法二条二項)のであるから、同法は、当該土地等の経済的価値としての保存を目指すのではなく、その歴史的文化的資産としての保存を目指している。したがって、同法八条一項の規定する許可処分は、その土地の経済的価値に着目し、その価値の維持、保全を図る財務的処理を直接の目的とする財務会計上の財産管理行為ではない。
(2) 原告らは、本件使用許可処分が財産管理行為である以上、それと一体化した本件許可処分も財産管理行為になると主張する。
確かに、被告はJR西日本に対し、本件許可処分の外に、本件使用許可処分を行っている。
しかし、本件使用許可処分は、本件許可処分とはその行政目的を異にし、地方自治法二三八条の四、第四項に基づき、行政財産の適正かつ効率的な管理維持を目的として行われるものである。また、本件使用許可処分は、京都市長が地方自治体固有の事務として行うものであるに対し、本件許可処分は、国の事務として、国の機関として行なう機関委任事務である(地方自治法第一四八条三項及び別表第4一(一九の一〇))。このように、本件許可処分と本件使用許可処分はそれぞれ、その行政目的、根拠法令及び事務の性質を異にする別個の処分である。
したがって、本件許可処分と本件使用許可処分が一個の行政処分であるとは到底理解できないものであり、原告らの主張はその前提を欠き失当である。
2 監査経由の有無について
(一) 原告らの主張
原告らは適法な住民監査請求をしており、監査請求前置の要件を充足している
(二) 被告の主張
原告らの本件訴訟に関係する住民監査請求は、監査請求の対象が財産管理のための行為とはいえないとして京都市監査委員から却下されており、地方自治法第二四二条の二に定める住民監査請求を経た訴えの提起にはならない。
したがって、本件訴えの提起は、監査請求前置の要件を欠く。
3 本件許可処分の違法性
(一) 原告らの主張
1 国鉄は、前提事実3(一)の計画を立てて、同(二)のとおり、被告と協議をし、小倉山山頂付近の四三、一〇八平方メートルについて、土地の形質変更、九、四六九本の木竹の伐採、坑外施設等の建築物、進入路、堰堤、沈砂池等工作物の仮設をする同意を得た。その後、前提事実(七)のとおり、小倉山トンネルは完成したにもかかわらず、JR西日本は、本件同意条件を履行しない。平成四年一〇月二一日には、仮置き土砂を撤去しないまま、JR西日本は、「原地形質類似に復元処理」するとの前提事実2記載の行為許可を被告に申請し、同年一一月一一日、右申請を受けて、被告は、仮置き土砂の撤去をしないまま原状類似の地形に復元することを認める本件許可処分をしている。
そして、右処分の結果、小倉山山頂付近の地形は、約四七、三〇〇平方メートルにわたり変形し、約一四万立方メートルの土砂はその場に残され、景観は破壊されたまま放置されている。京都市は、この状態を回復するためにダンプカーで残土を搬出するなどして、金五億円以上の費用を要し、少なくとも金五億円の損害を被った。
2 右の事態に陥ったのは、被告の違法な本件許可処分に基づく。
すなわち、本件同意条件は、歴史的風土を保存するために必要なものとして付されたものであり、その条件を履行しないのは古都保存法八条五項に反する違法な行為である。そして、本件同意条件の履行は歴史的風土を保存するために必要なのだから、この履行を要さない旨の古都保存法八条一項の許可をすることは許されない。そうすると、本件許可処分は、違法行為を違法に追認したことになる。
また、本件許可処分は、困難とはいえ、原状復旧が可能であるにもかかわらず合理的理由もなく「原地形質類似に復元処理」するとの行為の許可を行っている。
このように、本件許可処分は、京都市に金五億円の損害を与える裁量を逸脱した違法な処分である。
(二) 被告の主張
本件許可処分は、違法行為に対する違法な追認ではない。また、本件同意条件による土砂を搬出する復元案は、搬出期間の長期化、新たな自然環境の破壊、土砂搬出車公害の発生等新たな問題を生じるのに対し、本件許可処分による「残土の現地処理による復元方法」は、短期間で緑豊かな山並みを回復することができる現実に即した最善の方法である。
したがって、本件許可処分は、被告が、裁量を逸脱して行った処分ではない。
第三当裁判所の判断
一 財産管理性について(争点1)
(一) 本件訴訟は、地方自治法第二四二条の二に定める住民訴訟である。この住民訴訟は、地方財務行政の適正な運営を確保することを目的とし、その対象とされる事項は同法第二四二条第一項に定める事項、すなわち公金の支出、財産の取得・管理、処分、契約の締結・履行、債務その他の義務の負担、公金の賦課・徴収を怠る事実、財産の管理を怠る事実に限られ、これらの事項はいずれも財務会計上の行為又は事実としての性質を有するものである。そして、ここにいう財務会計上の行為とは、地方公共団体の公金その他の財産の財産的価値に着目し、その価値の維持、保全を図る財務的処理を直接の目的とする性質の行為をいう(最高裁第一小法廷平成二年四月一二日判決・民集四四巻三号四三一頁参照)。
これを本件についてみると、古都保存法一条によれば、同法律は、「わが国固有の文化的資産として国民が等しくその恵沢を享受し、後代の国民に継承されるべき古都における歴史的風土を保存するために国等において講ずべき特別の措置を定め、もって国土愛の高揚に資するとともに、ひろく文化の向上発展に寄与することを目的とする」とある。そして、同法三条一項には、「国及び地方公共団体は、古都における歴史的風土が適切に保存されるように、この法律の趣旨の徹底を図り、かつ、この法律の適正な執行に努めなければならない」とあり、同法二条二項には、「「歴史的風土」とは、わが国の歴史上意義を有する建造物、遺跡等が周囲の自然的環境と一体をなして古都における伝統と文化を具現し、及び形成している土地の状況をいう」とある。これらの条文を総合すると、同法は、古都の歴史的環境及び歴史的文化遺産の保全、維持を目的としている。そこで、歴史的風土特別保存地区内において、歴史的風土の保存に影響を及ぼすおそれのある行為を一般に禁止し、申請によりそれを許可する同法八条一項の許可処分は、同法の右目的の趣旨に従えば、専ら対象財産の歴史的文化的側面に着目し、歴史的文化的価値の維持、保全を図る文化、環境行政の見地からの行為であると判断するのが相当である。
したがって、本件許可処分は、対象財産の経済的価値に着目し、その価値の維持、保全を図る財務的処理を直接の目的とする財務会計上の財産管理行為にはあたらない。
(二) 次に、原告らは、本件使用許可処分が財産管理行為である以上、それと一体化した本件許可処分も財産管理行為になると主張する。
しかしながら、被告の主張するとおり、本件許可処分と本件使用許可処分はそれぞれ、その行政目的、根拠法令及び事務の性質を異にする。原告らの主張するように、社会的実情において、しばしば、本件許可処分と本件使用許可処分が不可分一体に処理されるからといって、直ちに法的にも、両処分は、一体、一個の行為化しているとはいえない。
さらに、本件使用許可処分は、公有財産のみを対象とするのに対し、古都保存法八条一項の許可処分は、私有財産及び公有財産のいずれも対象としている(同法九条一項、一一条一項)。本件では、たまたま、本件許可処分の対象地が京都市の行政財産であったにすぎず、また、そうであるからこそ、地方公共団体の財務行政の観点から本件使用許可処分が必要とされるようになったのであって、この本件使用許可処分を住民訴訟の対象とするなら別段、およそ本件許可処分が住民訴訟の対象にはなりえない。
したがって、原告らの主張は採用できない。
二 結論
以上のとおり、原告らの本件訴えは、住民訴訟の対象とすることのできない事柄を対象にする不適法な訴えであるから、その余の判断をするまでもなく、主文のとおり却下する。
(裁判官 松尾政行 中村隆次 遠藤浩太郎)